「精神障害を抱えた子どもは負担になる」-代表原が忘れられない難民の男の子

今月8日から始まった「南スーダン難民 今最も支援を必要とする人たちが生きるための緊急支援寄付キャンペーン」。これまでに20人の方から106,435円のご支援をお寄せいただいています(7月18日時点)。ご協力いただいている皆さまに心からの感謝を申し上げると共に、今この時も居住区で厳しい生活環境下にある南スーダン難民の人たちが、「人間としての必要最低限の生活」を送れるように引き続きご協力をお願い致します。

 

本日の記事では、原が今年2月の調査活動中に居住区で目の当たりにした「どうしても忘れられない光景」についてお伝えします。

photo by Kanta Hara

 

精神障がいを抱えた難民の少年(上の写真)の足元には、汚物がたまっており、彼の全身にはハエがブンブンとたかっていました。紛争で故郷を追われた難民の子どもたちの中には、身体的・精神的な障がいを抱えている子どもも多く含まれており、中には紛争で両親を失い身寄りがない子もいます。

 

現地スタッフの話によれば、「障がいを抱えた子どもは負担になるから、引き取って面倒を見ようとする人も少ない」とのことでした。一人で木に寄りかかり、ただ地面をボーっと見つめていた彼の姿は、今でも私の脳裏に焼き付いています。

その一方で、彼と同じような状況に置かれている難民の子どもが、他にもまだたくさんいるのです。そんな言葉にできないような現実に悔しさを感じながら、カメラのシャッターを切ったのを今でも記憶しています。

 

難民居住区で暮らす多くの難民たちが、目の前で両親を殺害された女の子や、政府軍に誘拐された夫の安否が分からない女性など、南スーダンからウガンダへ避難してくるまでにたくさんの「不条理」を経験しています。巨大な不条理を現地で目の前にして、私は「頭」では理解することができても、その現実に「心」での理解が追いつきませんでした。同じ一人の人間として彼らと接した時に、どうしても心が追いつかない。確か2回目の調査を終えた時だったでしょうか。久しぶりに、自然と涙が出てきました。

 

紛争や難民に関する世界中のニュースを普段からチェックしている人間として、不条理やそれに翻弄されている人たちの存在を、頭ではよく理解しています。「あぁ。聞いていた通りの惨状だな」、と。

 

しかし、いざ目の前にその「リアル」が立ち現れると、当時の私は、彼らやその状況に対する「頭での理解」と「心での理解」の間に、大きな乖離を感じてしまいました。その「違和感」に苦しみ、自然と涙がこぼれてしまったのだと思います。

 

 

現地で難民の方たちと同じ時間を過ごした者として、彼らの「ナマ」の声に耳を傾けた人間として、今回の寄付キャンペーンを失敗に終わらせるわけにはいきません。なぜなら、今まさに「生きるための支援」を必要としている人たちが其処にいるからです。

 

皆さまおひとりおひとりからお寄せいただくご寄付が、こうした南スーダン難民が「明るい未来へ踏み出すための第一歩」となります。ご無理のない範囲で構いません。どうぞご支援のほど、心よりお願い申し上げます。

 

 

記事執筆:代表 原貫太